2006年08月19日
小浜島大同窓会
《きび刈り大同窓会にご参加の皆様へ。》
この度は、お忙しい中、同窓会へのご参加の連絡を頂き、ありがとうごさいます。
すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、先日、8月8日、我らが援農塾塾長、農場倶楽部長、平田清・お父さんが他界いたしました。
ここに、お父さんの長男・大一さんのブログ記事を抜粋致します。
『奇跡の男、逝く!』
前略
皆様から
多大な励ましを受けておりましたが
2006年8月8日火曜日
午後21時10分
父「平田清」は
満74歳(数え年75歳)で永遠の眠りにつきました。
昨年9月6日の琉大付属病院の入院の際言われた「年内(2005年)、12月までしか持たないかも・・・」と言う宣告を見事に感じさせない奇跡の日々の更新を続けておりましたが沖縄旧盆の最終日「送り(うーくい)」の日の逝去となりました。
「世界のウチナーンチュ大会テーマソング」発表の8月6日を待ち、阿麻和利の城公演を1週間延期させる「台風御3家」をわざわざ呼び寄せ7日に石垣島入りした僕は親父と2人、最後の夜は病室で明かしました。
少しろれつの廻らない口調で、でも最期まで島ジョーク満載で語る病室は笑いが絶えない温かくて不思議な空間でした。
8日、夜8時過ぎから意識が混濁とした状況が続き人工呼吸器を取り付けようとした瞬間マシーンが大っ嫌いだった親父らしくそれを拒否した心臓は、自らその動きを停止しました。
潔いその引き際は最期まで「平田清らしい」生き様でした。
三拝云。
親父の長男
平田大一。
Posted by 平田大一:南島詩人 at05:45 09AUG2006
同窓会に参加の皆様には、事前にお父さんの病状をお知らせするつもりで準備をしておりましたが、残念ながら、その矢先の逝去となりました。謹んでご報告申し上げます。
尚、 計画しておりました同窓会は、『白い頭のお父さんを偲ぶ会』として、予定通り開催したいと思います。
派手な催し事は差し控えますが、是非、皆様と楽しくお父さんとの思い出話をしたいと思います。
突然の訃報、そして、同窓会の内容変更に困惑されている方もいらっしゃると思います。
そこで改めて皆様の出欠の確認をさせて頂きます。
大変お手数ですが、できるだけ早目に事務局、または三田村まで参加、不参加のご連絡をお願い致します。
ご連絡のない場合は、電話などで確認させて頂きますので、何卒宜しくお願いします。
《9月1日に、民宿うふだき荘にて前泊予定の皆様へ》
ご案内が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
前泊の皆様に通常の宿泊料金(一泊2食5000円/素泊まり3000円)をお願いする事となりました。
前泊されない方との公平性を期すためと、民宿への負担を考慮した結果ですので、何卒、皆様のご理解をお願い致します。
予定を変更される方は、ご連絡をお願い致します。
また、一部の方に「第一報メール」でお知らせしておりました『平田清・旧暦誕生会』については中止となります。楽しみにしていた方、大変申し訳ありませんが、どうぞご理解ください。
ご質問等ありましたら、事務局までご遠慮なくお知らせください。
皆様との再会を楽しみにしております。
【事務局】
メール kohama52@hotmail.co.jp
実行委員会
連絡担当・三田村清美
この度は、お忙しい中、同窓会へのご参加の連絡を頂き、ありがとうごさいます。
すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、先日、8月8日、我らが援農塾塾長、農場倶楽部長、平田清・お父さんが他界いたしました。
ここに、お父さんの長男・大一さんのブログ記事を抜粋致します。
『奇跡の男、逝く!』
前略
皆様から
多大な励ましを受けておりましたが
2006年8月8日火曜日
午後21時10分
父「平田清」は
満74歳(数え年75歳)で永遠の眠りにつきました。
昨年9月6日の琉大付属病院の入院の際言われた「年内(2005年)、12月までしか持たないかも・・・」と言う宣告を見事に感じさせない奇跡の日々の更新を続けておりましたが沖縄旧盆の最終日「送り(うーくい)」の日の逝去となりました。
「世界のウチナーンチュ大会テーマソング」発表の8月6日を待ち、阿麻和利の城公演を1週間延期させる「台風御3家」をわざわざ呼び寄せ7日に石垣島入りした僕は親父と2人、最後の夜は病室で明かしました。
少しろれつの廻らない口調で、でも最期まで島ジョーク満載で語る病室は笑いが絶えない温かくて不思議な空間でした。
8日、夜8時過ぎから意識が混濁とした状況が続き人工呼吸器を取り付けようとした瞬間マシーンが大っ嫌いだった親父らしくそれを拒否した心臓は、自らその動きを停止しました。
潔いその引き際は最期まで「平田清らしい」生き様でした。
三拝云。
親父の長男
平田大一。
Posted by 平田大一:南島詩人 at05:45 09AUG2006
同窓会に参加の皆様には、事前にお父さんの病状をお知らせするつもりで準備をしておりましたが、残念ながら、その矢先の逝去となりました。謹んでご報告申し上げます。
尚、 計画しておりました同窓会は、『白い頭のお父さんを偲ぶ会』として、予定通り開催したいと思います。
派手な催し事は差し控えますが、是非、皆様と楽しくお父さんとの思い出話をしたいと思います。
突然の訃報、そして、同窓会の内容変更に困惑されている方もいらっしゃると思います。
そこで改めて皆様の出欠の確認をさせて頂きます。
大変お手数ですが、できるだけ早目に事務局、または三田村まで参加、不参加のご連絡をお願い致します。
ご連絡のない場合は、電話などで確認させて頂きますので、何卒宜しくお願いします。
《9月1日に、民宿うふだき荘にて前泊予定の皆様へ》
ご案内が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
前泊の皆様に通常の宿泊料金(一泊2食5000円/素泊まり3000円)をお願いする事となりました。
前泊されない方との公平性を期すためと、民宿への負担を考慮した結果ですので、何卒、皆様のご理解をお願い致します。
予定を変更される方は、ご連絡をお願い致します。
また、一部の方に「第一報メール」でお知らせしておりました『平田清・旧暦誕生会』については中止となります。楽しみにしていた方、大変申し訳ありませんが、どうぞご理解ください。
ご質問等ありましたら、事務局までご遠慮なくお知らせください。
皆様との再会を楽しみにしております。
【事務局】
メール kohama52@hotmail.co.jp
実行委員会
連絡担当・三田村清美
Posted by kohama52 at
22:36
│Comments(0)
2006年08月14日
お別れとお見送りの儀式

先日、8月8日にご逝去された、我らが援農塾塾長・農場倶楽部長・平田清お父さんの「お別れとお見送りの儀式」が8月9日から11日にかけてしめやかにとり行われ、私も参列させて頂くことができました。
9日には台風が3つも発生していて影響が懸念されていましたが、結果的にはお天気に恵まれ、島の夏ならではの強く、明るい日差しのもと、沢山の花々に囲まれてお父さんは旅立っていかれました。
キビ刈りが終わって帰る時のお別れの言葉は、いつも『行ってきます』でした。もう、お父さんに『はい、いってらっしゃい』と言ってもらえないんだなぁと思うと淋しくて仕方がありません。
でも、きっと今は小浜島の土となり、水となり、風となって、私たちを見守ってくれていると思います。
そして、偉大なる『畑人・ハルサー』であり、偉大なる『みんなの父』であったお父さんが残してくれたものは、私たちひとりひとりの心の中に根付き、やがて大きな花を咲かせ、実をつけることでしょう・・
私もお父さんから頂いた沢山のことを枯らす事無く、大切に育んで生きていきたいと思います。
お父さん、三拝云(^-^)
関西支部長みたむ〜こと、三田村清美
Posted by kohama52 at
02:00
│Comments(1)
2006年08月09日
お父さん、ありがとう。
皆様
つい先程、石垣島より東京に戻ってまいりました。
すでにご存知の方も多いと思いますが、昨夜、我らの農場倶楽部長『平田清お父さ
ん』が永眠いたしました。
8月8日の早朝、「お父さんの様態もあともって1週間」という連絡を受け、どうして
も最後に直接一言「ありがとう」の気持ちを伝えたいと、仕事先(夏休みのみ栃木県
で子どもキャンプの手伝いをしています)にお願いして何とか2日間の休みをもら
い、石垣島に飛びました。夕方、私が病室に到着した時には、すでにお父さんの意識
は朦朧としはじめ、呼吸も苦しそうになってきていました。病室にいるみんなで八重
山商工の応援と共に、お父さんを励まし、みんなで勝利を喜んでいました。
しかし、こんなにすぐ逝ってしまうとは・・・。
21時10分、お父さんは永い永い眠りにつきました。
以下、お父さんの最期を綴ったものを大一さんのメールより抜粋いたします。
『前略
多大な励ましを戴いておりましたが
8月8日(火)夜9時10分、
父「平田清」は75歳(数え年)をもって永眠いたしました。
謹んでご報告させていただきます。
大きな痛みも無く、多少ろれつの廻らない口調で
相変わらずの島ジョークを連発させては、
最後まで笑いの絶えない病室でありました。
昨夜(8/8)8時頃から、落ちてきた心拍数にともない、意識が混濁としてきて
延命の為の人工呼吸器を取り付けようとした直後
マシーンが嫌いな親父らしくそれを拒否した心臓が自らその動きを止めました。
潔いその最期に「さすが!平田清!」と周りから唸り声が上がるような出来事でし
た。』
《平田清氏のお通夜、告別式のお知らせ》
8月9日 午後8時〜 石垣島の葬儀屋「三宝堂」にて御通夜
8月10日 午後2時〜 「石垣島告別式 (於 三宝堂にて)」
【三宝堂 :石垣市字新川 433−4 電話
0980−88−5050】
午後3時 出棺 火葬場へ
8月11日 午前9時半 船チャーター便にて小浜島へ
午前11時〜 「小浜島告別式 (於 小浜島自宅にて)」
【小浜自宅 :八重山郡竹富町字小浜 52番地
電話 0980−85−
3243】
その後 納骨
援農塾&農場倶楽部のメンバーが何人かお通夜、告別式に出席いたします。遠方から
石垣島、小浜島に足を運ぶのは難しいと思いますが、私たち有志で援農塾&農場倶楽
部の連名のお供え花を準備しますので、もし賛同してくださる方がいましたらご連絡
ください。また、個人的にお香典をお渡ししたい方も今日中にご相談いただければ代
理もできます。
連絡先:kohama52@hotmail.co.jp(担当はみたむです)
お父さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
栃木県茂木町にて
沼尻 千春
つい先程、石垣島より東京に戻ってまいりました。
すでにご存知の方も多いと思いますが、昨夜、我らの農場倶楽部長『平田清お父さ
ん』が永眠いたしました。
8月8日の早朝、「お父さんの様態もあともって1週間」という連絡を受け、どうして
も最後に直接一言「ありがとう」の気持ちを伝えたいと、仕事先(夏休みのみ栃木県
で子どもキャンプの手伝いをしています)にお願いして何とか2日間の休みをもら
い、石垣島に飛びました。夕方、私が病室に到着した時には、すでにお父さんの意識
は朦朧としはじめ、呼吸も苦しそうになってきていました。病室にいるみんなで八重
山商工の応援と共に、お父さんを励まし、みんなで勝利を喜んでいました。
しかし、こんなにすぐ逝ってしまうとは・・・。
21時10分、お父さんは永い永い眠りにつきました。
以下、お父さんの最期を綴ったものを大一さんのメールより抜粋いたします。
『前略
多大な励ましを戴いておりましたが
8月8日(火)夜9時10分、
父「平田清」は75歳(数え年)をもって永眠いたしました。
謹んでご報告させていただきます。
大きな痛みも無く、多少ろれつの廻らない口調で
相変わらずの島ジョークを連発させては、
最後まで笑いの絶えない病室でありました。
昨夜(8/8)8時頃から、落ちてきた心拍数にともない、意識が混濁としてきて
延命の為の人工呼吸器を取り付けようとした直後
マシーンが嫌いな親父らしくそれを拒否した心臓が自らその動きを止めました。
潔いその最期に「さすが!平田清!」と周りから唸り声が上がるような出来事でし
た。』
《平田清氏のお通夜、告別式のお知らせ》
8月9日 午後8時〜 石垣島の葬儀屋「三宝堂」にて御通夜
8月10日 午後2時〜 「石垣島告別式 (於 三宝堂にて)」
【三宝堂 :石垣市字新川 433−4 電話
0980−88−5050】
午後3時 出棺 火葬場へ
8月11日 午前9時半 船チャーター便にて小浜島へ
午前11時〜 「小浜島告別式 (於 小浜島自宅にて)」
【小浜自宅 :八重山郡竹富町字小浜 52番地
電話 0980−85−
3243】
その後 納骨
援農塾&農場倶楽部のメンバーが何人かお通夜、告別式に出席いたします。遠方から
石垣島、小浜島に足を運ぶのは難しいと思いますが、私たち有志で援農塾&農場倶楽
部の連名のお供え花を準備しますので、もし賛同してくださる方がいましたらご連絡
ください。また、個人的にお香典をお渡ししたい方も今日中にご相談いただければ代
理もできます。
連絡先:kohama52@hotmail.co.jp(担当はみたむです)
お父さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
栃木県茂木町にて
沼尻 千春
Posted by kohama52 at
19:53
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